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メロンダウト

メロンについて考えるよ

アダルトビデオを擁護する人間こそが偽善である

女性がアダルトビデオに出演経験があるかどうかをSNSにアップした写真から「顔認識」で特定 - GIGAZINE

頭おかしい。男の需要に応えた仕事で女を責めるという思考が気持ち悪すぎる。少なくともお世話になった人は女優に対して一定の敬意を払って欲しい。

2016/04/28 02:19

b.hatena.ne.jp

 

最近読んだブコメからアダルトビデオに関する思考を整理しておきたい。

 

1・アダルトビデオにお世話になっているから批判してはいけないのか?

よくあるこの手のアダルトビデオ批判にたいするカウンターは論理性だけで物を言っており共感や倫理が欠如しているので僕個人は全くもって賛同しかねる。

サービスの利用者が供給者を批判してはいけないのか他の業種と比較して考えてみればいい。

代表的なものが国家だ。アダルトビデオ擁護の論理を国家にうつし変えてみると警察や自衛隊、裁判所、日本国円、その他行政サービスを利用している人間は国家を批判してはいけないとなる。当然そんなことはありえない。

国民の誰であれ言論の自由があり国の構成員として国家を批判する権利はある。それは保育園のような細部から国の体制そのものまでだ。

アダルトビデオでもその他の業種でも同じことが言える。アダルトビデオがビジネスとして機能していてそれで慰められる人もいれば救われる人間もいるから批判してはいけないのかといえば全くもってそんなことはありえない。批判と現実の手段は否応なしに矛盾するのがむしろ自然な人間の行うことだ。人間の理性と欲望はもっとカオスに混在するのであるからこっちで品行方正なことをしていると思えばあっちで不倫したりしている。逮捕された校長先生や不倫して出馬を見送った手足がない人のようにだ。

乙武さんは不倫したからじゃあ彼の出した本も彼の発する言葉も価値がないのかといえばそんなことはない。むしろそういうカオスな人の言葉ほど傾聴する価値があると僕は考えている。

そんな特殊な人間を例に出してもしょうがないのであれば僕自身もこんな記事を書きながらアダルトビデオをたまに見るし興奮するのでやはり矛盾しておりカオスである。

 

2・アダルトビデオをサービスだと認識する人間のあまりにも人間的とは言えない非情さ

おそらく冒頭のコメントをしている方はアダルトビデオをサービスもしくはビジネスだと捉えているのだろう。金を媒介に受け取ることができる商品であると。

そこには共感もなければ自分に引き付けた時の緊張もなければ知らない男に抱かれる女性の絶望も全て置き去りにしているように感じる。自らが経験すると仮定して思いを馳せてみればいい。

知らない男に尻の穴を貸してレ○プされるなど想像しただけで吐き気がするほどの邪悪であり女性の場合にもそれはそう変わらないであろう。

実際に望まざるレ○プ被害者はPTSDにかかり人生を失うほどの後遺症を抱える女性も少なくない。

サービスという言葉は本来、奴隷という意味だがまさにアダルトビデオを擁護する意見も奴隷を扱うように自らの世界に引き付けられないから擁護するのであろう。ちょうど中世貴族が奴隷をそうして扱ったように、もしくはDV男が女性に優しくするようにだ。

 

3・金が欲しいとは思っても知らない男に抱かれたい女性など(ほとんど)いない

AVを「使用」する感想としてはせめても、女性がレ○プされている姿を見て興奮するんだという汚い欲望を肯定して間違っても敬意なんて言葉は使わないでほしい。爽やかな言葉で悪意を振りまき地獄への地ならしをする人間は偽善以外の何者でもないのだから。

ビジネスだから知らない男性に抱かれても平気だよと当の女優本人は言うのだろうが実存的に言えば出会って4秒で合体なんてものはレ○プ以外のなんでもない。ただ「お金のため」というエクスキューズが付与するだけである。

マルクス資本論の中で資本主義社会のクリエイティブデストラクションで貨幣は物神性を持つと書いたがまさにお金のためであれば知らない男性に抱かれてもいいという思考回路は

 

金のため=神の思し召しだと勘違いしているのであろう。若さゆえに。

だから僕は女優には同情はするし非難するつもりも全くない。しかしAVの存在そのものに関しては断じて肯定はできないのである。