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メロンダウト

メロンについて考えるよ

格差は必要悪~三宅洋平氏はソ連が崩壊した理由を知ったほうがいい~

もし知らなかったらね。

またすこし政治について書いていくことにする。

三宅洋平さんの演説に出くわして15分ほど眺めYoutubeで演説の全てを見た。印象としてはチェ・ゲバラを想起させるような長髪とヒゲを蓄え、それでいて目がギラギラと輝いていた。すこし危うい人だなと思ったが感情に訴えかけてくる演説はさすがにミュージシャンだなと思った。彼らは人に言葉を届けるという意味では誰よりもプロなのだろう。しかしよく聴いていると現政権にたいしてのリアクションであってアクションではなかったので判断しかねる。

気になったのが彼の言葉で革命に関してこんなことを言っていた

革命という言葉は上が下になり下が上になるという定義が存在します。違う。俺がやりたいのはじゃあ革命じゃない。上も下もない世界を作りたいのです。

これはまんま資本論マルクスが書いた資本主義批判と同じ。もしくは福沢諭吉の名言「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」と同じ理念を掲げている。すばらしい。異論の余地なくみんなで格差をなくそう・・・

そうして実際に完全平等な社会主義をうたいつくられた国が存在した。ソ連だ。しかし周知のとおりソ連という国はもうない。ソ連がなぜ崩壊したのか。建国の理念であった社会主義をかかげどこよりも平等な社会をつくろうとした国はなぜ崩壊したのか。マルクス福沢諭吉、そして誰もがうなずく平等な社会を築こうとしたソ連がなぜ崩壊したのかを知ることで人間の業がすこし見えてくるので今回の選挙の投票の一助にしていただきたい。

 

まず大前提としてマルクスがかかげたのは資本論という本のタイトルからもわかるように資本主義の話であって社会主義共産主義を推奨していたわけではない。ソ連が崩壊したのはソ連の問題であってマルクスは「ただ本を書いただけ」である

ソ連の産業崩壊

ソ連崩壊についてよくある単純な話が「全員が平等なんだから誰も働かなくなった」から崩壊したという話。これは至極単純にした話なので過程を見ていくともうすこし飲み込みやすくなる。

例えばある繊維工場で労働者も責任者も全員が同一労働同一賃金、格差は一切なしという待遇で仕事をすることになる。三宅さんの理想を実現した形だ。週休2日毎日8時間労働で決められた時間働き決められた給料を貰う。つまり全員がアルバイトという雇用形態。

しかしある日繊維を折る機械が壊れてしまい直すために発注元と連絡をとる責任者が生まれる。そうするとその瞬間にこの責任者は同一労働同一賃金ではなくなってしまう。

さらに不足の事態で勤務時間外に工場が火事になってしまったとする。誰かがかけつけて消火しなければいけないが誰も時間外に働く義務がないので工場は燃えてなくなってしまう。そうして全員が決められた労働基準にそって仕事をすると誰も責任を取らなくなり不足の事態に対応できなくなる。

それが農業では飢饉につながる。いままで大地主が持っていた土地を国有化し労働者全員に均等に割り振り同じ仕事量で同じ収穫量を得ようとした。しかしこれも工場と同じように夜中に突然嵐がきたり時間外労働が必要な農業では駄目になってしまう。

そうしてあらゆる産業がパニックを起こし生産活動がたちゆかなくなる。

当然、利害を超えて動く例外的な人もいる。しかしこれが国全体で起きるとなると致命的な打撃となって国が維持できないレベルまで衰退してしまう。

 

 独裁者の誕生

一方で政治はどうだったか。初代指導者はレーニンであったが彼は建国の理想を実現しようとした。ここでもなによりも平等が重視された。

平等といっても意見が割れることがあり指導者が必要となる。じゃあ指導者も他の政治家と同じ待遇で良いのか?という議題が出る。

指導者は権力を持っているのでセキュリティーが甘ければ簡単に命を狙われてしまう。だからSPをつけ良い家に住み冷静な判断を下せるようにあらゆる雑事から逃れて政治に集中できる環境をレーニンに与えた。レーニンはそれでも社会主義という理想を実現しようとあくまで殊勝に国のためにつくす。

そしていずれはレーニンはいなくなってしまうので新たな指導者が必要になる。その時

 

に近くでレーニンの待遇を見ていた側近達は彼の生活が羨ましいと我こそがと理念ではなく利害で指導者になる。そして理念ではなく利害を追求する独裁者が生まれる。『血に塗れた独裁者』と呼ばれるスターリンだ。工業化をすすめるために農家を抹殺してしまったり悪政のかぎりをつくす。マルクスが考えていた労働者のための資本主義批判ではなくただの強権的な独裁をするようになる。

このように政治でも労働者の堕落と同じように欲望に向かう人間の業が出てしまった。

 

スターリン - 「非道の独裁者」の実像 (中公新書)

スターリン - 「非道の独裁者」の実像 (中公新書)

 

 

ソ連が教えてくれたことは

人間は弱いし堕落するしサボるし欲望には枷が必要

 だからその後、世界では格差は許容しながらもなんとか全員が働いて自由な生産活動を行うことによって経済をまわしていこうという資本主義がスタンダードになった。そして政府の役割は市場がいきすぎたら介入するよという修正の立場にたつことになる。

 

格差は必要悪

ソ連が崩壊したことによって社会主義の平等幻想はただの理想論で現実には格差は必要悪であると確定した歴史があることを忘れてはならない。人間が平等になるというのは原理的に不可能なんだ。

これは格差を否定しているピケティも言っていることで資本主義以外にまともに機能する経済システムは存在しない。

だから上も下もない社会という三宅洋平さんの演説は理想論だ。しかし否定はしていない。いまは格差がいきすぎた状態なので格差をなくそうという運動は大切な運動だと思っている。今のように格差があったり80年代のようにあまりなかったりと波を形成しながらなんとか維持していく。好況不況もそうだ。

だから格差をなくそうという運動自体も理念も否定してはいけない。いっぽうで完全平等な社会は絶対に実現してはならない。けれど資本の均衡を保つ運動をすることもまた大切なこと

 

だから僕は上も下もない世界を実現すると三宅さんが本気で言っているのであれば支持できない、いっぽうで格差をなくす運動自体は支持したいのである。