メロンダウト

メロンについて考えるよ

考えすぎる人は英語で思考するといい

運動と瞑想と野菜350gに追加して精神の健康を保持するためのTIPSを紹介するよ。

学習性無力感であったり鬱病であったりあるいは単純に緊張しやすいような思考の粗を削ぎ落とすのに英語が役に立つ。フランス語でもスペイン語でもいいけどともかく後天的に覚えた言葉が役に立つ。英語なんてぜんぜんわからないという人であってもむしろわからなければわからないほどシンプルな思考に着地できるのでいい。

思考は=で言語であって行動を起こしたり思考を整理するのに言葉を必要とする。なにか行動するのも文章を書くのも頭の中で言葉によって構築した思考を原動力として動く。単純な食欲や性欲などであれば言葉は必要ないが、その他のあらゆる人間的活動において思考を必要としない活動はないので言語能力はコミュニケーションの手段として以上に

個々人が独立して意志を形成する過程において大切なものだと思う。

 

そして思考形成を潤滑にするために英語が役に立つ。思考を形成するためなら精通した日本語で考えるべきだと思われるかもしれない。しかしあまりに複雑多様な選択肢が存在する現状では日本語で熟考することは「下手の考え休むに似たり」となってしまう場合が多いように思う。これは僕の経験的にそうだと思っている。頭の中を駆け巡る無駄な言葉が多すぎると感じる時がある。

 

なにかをやるべき理由やなにかをやらないべき理由など言葉で言いつくろえば無限と修飾可能であって言葉の徹底さによる行動の理由付けは総じて虚無に帰結しやすい。ありとあらゆることに意味などないなどと書くといやしくも宗教的であるが考えることを学問とするある哲学者(テオグニス)も「生まれてこないことが最善」などと書いている。

だから考えをシンプルにするためには英語が非常に有用だ。当然だが日本人は日本語に精通しているので日本語を駆使して考えようとすれば泥沼にはまってしまいやすいので中学高校レベルの英語で思考することで思考がぶつ切りになり考えすぎず行動できるようになる。あるいは考えすぎて緊張してしまうこともなくなる。

 

この思考の未熟さが行動力につながるのは若者が大人と比べて非常に闊達である理由のひとつとしても言えるかもしれない。10代のまだ言語野の脳領域も発達段階の未熟な時には考えすぎる言葉を持っていない人が多いので単純な動機でも行動にうつすことができるのではないだろうか。

 

まとめると思考は言葉によって形成され、日本語による熟考は行動力を失わせてしまうことがある。思考にシンプルさを与え若い時の行動力を蘇らせる方法のひとつは英語である

 

Thinking much is eventually rubbish . Nothing the best. Then, what's the matter on earth with you?

 

もうすこし具体的に方法とかまで踏み込んで書いてみたいのでまた書くかもしれません。

C U ヾ(⌒∇⌒)ノ

広告を非表示にする