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メロンダウト

メロンについて考えるよ

倫理をリライトする社会はメンヘラを生む

メンタルヘルス

いまだ続いているWELQの騒動を見ていたらまったく関係ないだろうメンヘラのことを想起した。精神障害、特に鬱病になる人がここ数年で激増しているのはなぜか考えるに理由のひとつとして社会が綺麗になりすぎたからだというふうに思う。

メンヘラのような病気ではなくとも空気として実際に感じることでもありポリコレなどのコミュニケーションの基本理念などもかかわってくると考えられる。

「社会が悪い」という言葉を発することは往々にして幼稚な言動と見なされ忌避される。そりゃまあ落伍者の刻印を表出したような言葉として認知されあまり好んで使用される言葉ではないがあえて言えばメンヘラになるのは一因として社会が悪いのは(断言するが)間違いない。

昔、塾講師でタレントの林修氏は「優秀な人間は環境に不満を言わない」と言っていた。格言のように響くが僕は逆に「環境に不満を言わない人間は奴隷である」のほうがいくらか真実味があるように思う。ちょうど進撃の巨人で壁の中だけで生きる人類が悲劇として描かれているように・・・

 

おそらくいまこのメンヘラが激増している社会もなにがしかの綺麗さや正しさや常識でコーティングされた空気がなんの悪意も持たず壁のようにたちはだかっているのではないだろうか。

そんな言葉遊びのようなメタすぎてほとんど意味のない思索に耽っていたらWELQをはじめとしたキュレーションサイト炎上騒動と繋がった。

一連の騒動を見るにキュレーションサイトが倫理的に正しくないと発言すること自体は何もおかしくないし常識的な批判である。しかし一方で僕が感じたことはWELQなどの虚偽サイトで実際に被害を被った人が批判している人のなかにどれだけいるのかということであった。

倫理的に正しくない、だからそれを糾弾することも正しい。しかし社会的な意味でただしかろうが誰にとっても真熱をあげ口角泡を飛ばし批判するべき事案ではない。騒動の発端となったグーグルで「死にたい」と検索するとWELQの記事がトップに出てきて記事内にアフィリエイトリンクが埋め込まれていたことも正味実害が確認されている件ではない。

炎上している理由は「倫理的に正しくない」に尽きる。じゃあ倫理ってなんなのだろうか?倫理は常識、社会通念とセットで語られるが社会通念を語ること自体が生み出す弊害は閉塞感であり息苦しさである。近代社会評論でさんざん語られてきた。そして息苦しさをつくるのは法律でもなく凶悪犯罪の報道でもない。

それはWELQを批判するような自らにまったくなんの関係もない行いにたいする奇異の目である。電車内で化粧をしているぐらいで人格を疑うような奇異の目である。一見倫理的に見える常識であったりと本来どうでもいいことを語ること自体が害なのだろう。ありとあらゆるものにたいする意見をいちいち発言していくと常識に似た穢れが社会全体に蓄積していく。そしてまったくなんの悪意も持たずに拡散してまるで良いことのようにまさにリライトされて別の誰かが同じように拡散していつのまにか空気となる。

 

それがメンヘラを生む。

メンヘラは多くのケースで社会との不和である。一人の人間がメンヘラになるのは不運であったり特殊なシチュエーションのせいだったりするが総数としてメンヘラが増えているのは社会が悪い。

たとえばアメリカの退役軍人のメンヘラ率は一般人と比べてもかなり高い。過酷な戦場のせいでPTSD鬱病になったりするケースが多いが身体的、精神的なレベルでいえば軍人のほうが強い人間だと推測できるが実際に精神障害を発症してしまう人が後をたたない。

 

日本も衆目が要求するレベルがあがりつづけ神経戦場になってきたのだろう。「生き馬の目を抜く」とはよくぞ言ったものである。