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メロンダウト

メロンについて考えるよ

日本ではもう経済による幸福は限界なので宗教の話をするべき

 

このあいだ、寿司が10カンで1万円ぐらいするお寿司屋さんに行ったのだが大変に美味しかった。普段はスシローなどに行くことが多い。いやそんなに多くもないです。そんなに食に頓着があるほうではない。
1カン1000円するお寿司とスシローの100円のお寿司とを比べてみるとクオリティーの差は値段が持つ価格差と比例しない。10倍もない。せいぜいが1.5倍というところだろうか。たしかフィクションだがグラップラー刃牙に出てくるビスケット・オリバも似たようなことを言っていた。何百万円もする超高級ワインが市販のものより100倍美味しいわけではないと。
寿司の例に戻すと高級寿司が高いのではなくスシローのコストパフォーマンスが良すぎる。寿司は日本の食文化であるが資本主義と結びつきあれだけ安い寿司をあれだけうまいクオリティーで出せるようにまで成長した。
昭和のころの大衆寿司屋が出す寿司よりも質がいいか同等程度にはうまいだろう。昭和では月一回、家族でごちそうとして食べられていたと聞く寿司が資本主義による成長により同じ料金で週1で食べられるようになった。物質としての満足度としてははるかに現代のほうが良いものが出回っている。
安くてうまいものを食べられるようになる。これだけ見れば最高だ。しかし安くて最高のものを食べられるようになるとそこそこ美味しくてそこそこの値段がする自営業は消えていった。寿司だけの話ではない。個人の売店など離島にでも行かなければほとんど見なくなった。文房具屋もスポーツ用品店やあるいはブティックなどもそうだ。

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大層としての自営業

一億総中流と言われていた時代が日本にはあったが主立って日本を支えていたのに自営業者の存在がある。グローバリズムに飲まれない状態で経営できる自営業者が地域の経済やコミュニティーの一助となっていた。しかし1990年のころに25%近くいた自営業者率は現在10%以下まで低下しています。スシローのような巨大資本による価格破壊、安心感の提供、機械的で高効率な生産体制に自営業者がついていけるわけがなく自営業者の数は激減することになった。残るのは地方の地主による農業や漁業など政府が介入して補助金が出る一次産業だけとなった。地方に行けばまだまだ地域密着の自営業で成り立っているところもあります(実際に和歌山県が自営業者数では全国1です)が、政令指定都市の人口過密地域ではスシローや大手コンビニなど巨大資本によるドミナント出店が行われていて個人で経営する店は値段でも質でも太刀打ちできなくなった。小売り商店などほとんどすべてがコンビニなどによりフランチャイズ化してロイヤリティーをはねられ接客もマニュアル化した。
だからもう産業の供給側にたち「勝つ」ことはかなり難しい。起業するとなると需要のほうに着手するしかなくなった。近年、スタートアップと言えばほとんどイコールでWEB屋という印象を持つがここまで品質の良い寿司を安いコストで売るスシローに勝つのはどう考えても不可能だと考えるほかないからだろう。他の産業でも同じように日本の物とサービスの質は成長しきっていて介入余地がない。
 
ここまで書いて批判しているようにしか見えないかもしれないがしかしこれは憂うべき事態なのだろうか?・・・
なぜなら消費者としての視点もある。昔の大衆寿司屋と変わらないうまさの寿司をはるかに安価で食える現代は物質的に考えればどう考えても良い時代だ。
 
そもそもだが、ではなぜ21世紀になってこれだけ格差だとか不幸だとかが叫ばれるようになってきたのかは経済的な問題ももちろんある。あるがもっと致命的な問題はいま日本には幸福の「概念」が欠落しているからのように思う。具体性のある産業はもう十分すぎるほどに成長したし安価で最高のものも手に入るようになった。しかし日本ではいまだに経済的に発展し金など具体性のある物質による幸福を目的としている人が多い。いつまで経済をやりつづけるのだろうか。もっと抽象的で精神的な話をするべきだ。経済的な手段で言えば1次産業や2次産業のこれ以上の発展はかなり難しく新規参入では差別化によって耳目を集める手段しか残されていない。あるいは需要を喚起し右から左に価値を流すか、コンサルタントやエージェント、派遣業者のように中間マージンを取るかなど。産業競争は21世紀になってそうとうに難しくなり現実に起きているのは権利競争であり経済のパイを拡大するもの、ではない。
 
物質的には十二分に豊かになった現代においても経済の話に終始しているのだが経済的にやるべきことは再分配と維持漸進のみであって不要な構造をつくり無駄な権利競争をする必要性はすでにない。
 
経済は維持し再分配をはかり精神の安らぎを確保するのが21世紀にやるべき「経世済民」の新しい形であるのかもしれない。ユニクロの服を着てスシローの寿司を食べる以上の物質的な豊かさは、少なくとも僕はいらない。

 

生活保護者の自尊心をどう確保するか

象徴的な例で言えば生活保護受給者のプライドや自尊心、承認の問題をどう確保するのかがわかりやすいように思う。
現在、生活保護受給者にたいする世間の目は厳しい。働かざるもの食うべからずの精神でプライドまで取り上げる。しかし食べるための仕事に従事し働いている人はかなり少なくなってきている。芸能人やゲーム、アニメ、漫画や小説など娯楽としての文化は素晴らしいが働かざるもの食うべからずの精神で言えば芸能人も飯を食うべきではない。極端な話をすれば目の前の人とコミュニケーションを取ることやアウトドア以上の娯楽は本質的にありえないように思う。セレブやお金持ちはほとんどみんなアウトドアを趣味としている。リゾート地に行くがじゃあ都市部で生み出され室内に閉じ込めるような「文化」ってなんなのだろうか・・・
漫画や小説は大変面白い。僕自身も大好きでどちらかと言えばインドアが好きである。だから否定する話ではない。しかしいかに文化的に素晴らしいものであろうがアウトドアで得る開放感には届きようがないとも個人的には感じている。
 
話がすこしそれてしまったが基幹産業を維持発展する以外の労働者も生活保護者と変わらないので非労働者としての自尊心を生活保護者だけが卑下する必要はまったくもって、ない。
 
経済や金、労働に尊厳を与えすぎてきた。以前はその欲望も資本主義とうまく結合して日本の産業発展の基礎になってきた。しかしここまで物質的に十全になった現代では金欲が正しい環境で発揮できる環境がかなり少なくなった。それは自営業者の減少で証明されている。だからソシャゲやきゅれーしょんサイトのような歪な形でしか実現しえなくなった。
だから一度、この国は「金」や「労働義務のような古代の価値観」から距離を取ることが必要になってきたのだろうと思う。具体的な政策で言えば自分はベーシックインカムを実現しても良いと思っている。
そうすれば生活保護者の尊厳もある程度は確保できるようになるかもしれない。もちろん働く必要はあるがしかし少なくなってきていることは間違いない。歪な形で需要をゆがめる労働は義務として考えられてきた労働ではない。生活保護者のほうが格差拡大に資さない点で是である。
 

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宗教的で抽象的な話をこそするべき

基幹産業でのラインなどは設備投資により人的労働する必要性が少なくなり、やりたいことができる環境にまで発展した現代に感謝しつつ幸福の形や概念をシフトさせる必要があるように思う。
やりたいことがある人はやりたいことをやればいい。校長先生のスピーチのような幸福の定義をすればやりたいことをやれば幸せなのは間違いないので問題ない。
しかしやりたいことがある人ばかりではない。普通の大衆にとっての幸福の形は「やりたいこと」で回収できるものではなくもっと普遍的でもっと無意味に見える精神の在り様を定義することではないだろうか。恐らくは宗教のように。
宗教と聴けばすぐに避けて通ろうとするのが日本人ですけど、昭和の高度経済成長期に見た三丁目の夕日もまた宗教だった。非核三原則憲法9条も宗教であるし、もっと昔で言えば武士道も宗教であったのでしょう。
 
しかしいま日本でみなが同じように見ている宗教「的」なものは存在せず個別化している。繋がり繋がりと叫ぶがグランドデザインがなくどこに向かうのかわからずにいまだに昭和的なやり方で「経済」ばかり走らせる。しまいには走らせるすべがなくなったのか婚活ビジネスのように恋愛や友情まで市場にあげまだ経済的に走らせようとする。もう経済の話をするのはいいかげんやめるべきではないのだろうか?もっと宗教的で無意味な話をしよう。
「神」と書くと非常に奇異にすら見えるがそろそろ日本でもまじめに神の話をしよう。無理のない形から神の話を始めよう。
神について話しはじめれば倫理が生まれる。倫理が生まれれば空気が生まれる。空気が生まれれば共通価値ができる。抽象的であればあるほどいいし盲目的ですらいい。勘違いでもいい。三丁目の夕日のような多様性の枠を超えるような共通価値が生まれれば全人的に肯定が可能な価値観が生まれる。
無宗教が多数の日本では生活圏内に神がいなかった。金を神とした資本主義という宗教で高度経済成長を走らせて歴史的な急成長を遂げた。神と金と幸福と経済とがかみ合った時代にはそれで良かった。
金という神が通用しなくなったいま
 
本当の意味で神について、あるいは幸福について考えるべき時がきたのかもしれない。

 

 

 

幸福論 (岩波文庫)

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