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メロンダウト

メロンについて考えるよ

ドウジョウ&シガレッツ

タイトルが思いつかなかったのでてきとうです。

 

ホタル族のニュースを見て思いだしたのは、

いつだったかモンスタークレーマーの暴言に関するニュースではてなブックマークのトップコメントに「意見を言う人というのはやめて正気を失った人と認識すべき」みたいなコメントがあったことだった。

 

今度、ホタル族からの受動喫煙被害について団体を立ち上げる嫌煙者がいるらしい。幼いころから気管支が弱くタバコの煙を吸うのは耐えられないみたいだ。

神経質ともいえるモンスタークレーマーにたいしては正気を失った人と罵るのに特別に体が弱い嫌煙者は支持する。この違いはいったい何なのだろうか。

いや違いはなんなのかといっても僕自身も体の弱い人には同情しうるし、クレーマーはうざったいと思うので感覚的な物言いで言えばそのダブルスタンダードはわからないわけではない。

 

しかし神経質なクレーまーも教育環境や家庭環境によりそういう人間に育てられたという意味では体の弱い人間と同相である。どちらも先天的に犠牲者であり違いはただその同情可能性の大きさに過ぎない。

暴走族を珍走団と呼ぶなどが典型的であるが、うるさく粗暴な人間はぶったぎっていいという思考がはびこっているのだなと2つのニュースを見て思った。

別に暴走族だって同情可能性がないわけではない。あるいはクレーマーにたいしてだって同情の余地はある。

肝心なことはその特殊な意見や行為にたいして社会が同情はするけど意見は聞かないとすることではないだろうか?

 

今の社会は「同情しない(できない)し意見も聞かない」か「同情するし意見も聞く」。の二極化している。

ここに「同情はするけど意見は聞かない」という立場も含めて考えるべきであると思う。人間が行うことであればいかなることでも人間である自らに縁がないとは言い切れない。

(縁がないとは言い切れないがその意見を実装するかは自分の現実と照らし合わせて主観的に判断していいというのが僕の立場)

 

 

ここまではニュースを見て思ったことであまり意味のない話であるがそれとは別に思ったのが核とタバコについてだった。

 

たぶんタバコがない社会が理想なのだろう。屋内屋外全面禁煙でJTは解体。喫煙所も灰皿も全て撤去してクリーンな社会を実現しようと、そういうことなのだろう。

これは本質的に核廃棄論者と同じ戯言だと僕は思う。

 

核がなぜなくならないのかと言えば核に関する知識をデリートするのは不可能だからなくならないというのが根本にある。世界中で核を廃絶できればそうしたいと先進国各国はみな思っているはずだけど核爆弾を実際に全て廃棄しても記憶だけは残る。

記憶は残りつづけ他国が開発している可能性は排除しきれない、から自国も抑止力として持とうとなる。

 

つまり技術や産業における知識は決定的に不可逆なものである、と西部進さんが言っていて「ああ、本当そうだな」と僕は感じた。産業や技術の発達はほとんど無手で賞賛されつづけてきたが知識の不可逆性においては技術者やノーベル賞受賞者を大罪人として認識する「視点」があったほうがいいのではないかと思う。

現在は偉人とされているアインシュタインだがアインシュタインがいなければ広島と長崎に1945年に核爆弾は落ちなかったかもしれない。あの戦争から学ぶことは技術自体が持つ決定的な不可逆性が最も重要な近代における課題なのだろう。

実務レベルで言えば開発者に倫理試験を課したほうがいい、となるのだろうがプログラマーや小さい工場など全てで行うことは国内に限っても不可能だし、ネットで海外から知識は無限に伝達されるので絶対に無理なのでしょうね。

 

これはおそらくAIなども今後この手の問題に絡んで議論される時がくると思う。

 

技術だけに限った話ではなく産業においても同じことが言えると思う。タバコももちろんそうであるが昨年話題になったキュレーションサイト騒動でもそうで

いまだにランサーズやクラウドサイトでは超低単価のリライトする人を募集しているし、サイバーエージェントが出資しているマシュマロなんかもDeNAと同じことをやっている。炎上してDeNAは撤退してもサイトアフィリエイとは儲かると周知してしまったので同じようなことをする企業が出てくるだけで、この例でも知識の不可逆性が言える。

 

タバコも全部なくなれば理想だけど、タバコを禁止にしても闇タバコを売るマーケットが新しくできるのは絶対に間違いない。産業としても確実に儲かるしタバコを吸いたいという消費者の欲求も核の記憶と同じように消え去りはしない。不可逆である。

根本的にはおそらく現在の覚せい剤のように吸ったことがある人間がほとんどいない、吸いたいという欲求(記憶)自体が存在しない社会がいいのでしょうね。つまりもう存在しないものとして完全に社会から隔絶すると。

 

 

しかしそんな風にしてまで廃棄するほどタバコって悪いものなのかね・・・覚せい剤は人間を壊す。だから存在自体を消すのは間違っていないように思う。

しかしタバコが人間を壊すというとそんなことはない。特別に体が弱い人間は壊しうる。その特別に弱い人間には同情するし現場レベルでの配慮はする、しかし意見は聞かないと考えてもいいんじゃないだろうか。そういった無限に配慮しなければいけない社会、他者の迷惑を完全に排除しようとするとおそらくまた別の問題が出てくる。(機会があったら書こうと思う)

 

僕は今回のホタル族訴訟のニュースに関しては同情はするが意見は聞かないでいいと思ったし

当該喫煙者と直接話さないで(記事にはホタル族と直接交渉はしていないと書いてあった)訴訟する人間にはその特別に弱い体以上に弱いことを条件にしたあざとさや欺瞞性を感じずにはいられず、本質的にモンスタークレーマーと同相であると感じざるを得なかったからだ。

 

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「ホタル族」被害者の会結成 近隣ベランダからの受動喫煙で人権救済申し立てへ 喫煙者さらに厳しく (産経新聞) - Yahoo!ニュース

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