証拠はこのブログです。
正確にはブログを書き続けると瞬間的にうまくなるけれどそれはけっこう一時的なものだよって話です。
長年ブログを書いているとモチベーションがある時期とない時期があるのですがモチベーションがある時期は書くことに関して考えなくなって喋るように書くことができるけれど、しばらく書いていないと文章を文章として成立させようと考えるようになって書けなくなるのですよね。もっと正確に言えば書くスピードが遅くなると言ったほうが適切かもしれません。下手に論理構成を気にし始めたり書くのが遅いので接続詞が意識的になって不自然になったりそもそも文章がつながっていないなんてことも起きたりして数少ない読者や迷い込んだ羊さんはさぞ迷惑してると思うのですが、僕のバロメーターだと2週間書いていないと書く能力みたいなものは振り出しに戻って1から引き出しを開けないといけないみたいな感覚があります。
そこで頑張って書いていると喋るように書くことができて3000文字書いても1時間そこそこで書き終えることができるのですが書いていない時は一度書いてはやめて、読み返して、書いて、やめて、ネットフリックス見て、お酒飲んで、酔った勢いでまあいいかと思って公開してみて翌日見たら変な文章書いているやつがいると自分に自分でつっこみ入れる、だけなら良いのですが稀に変な形で伸びて辛辣なコメントをいただくみたいな記事がこのブログには2割ぐらいあるのではないかと思います。
というかもっと直接的に言えば、これは僕の気性だと思うのですが、手に余ることを書きたくなる傾向があるのですよね。世界がどうなってるとか、社会とは、みたいなそんな巨大すぎる話をそもそもできるほど卓越した人間ではないくせに日常が日常的すぎるせいか反動で大きな話を書いてきた結果わけのわからない文章群がインターネットの片隅に残ったというのがこのブログの実態です。
そんなもんなので、すこし笑ってほしい話なのですが、Chatgptに「メロンダウトというブログを知っていますか?」と質問したところ典型的な意見ブログと評されていました。
典型的という言葉に傷ついたので「本人です。謝ってください」と返したところフォローをいれつつ素直に謝ってくれました。けれどまああまりにも的を射ているので自分のことながら納得した部分もあります。
なんの話だったっけ。
ブログを書いていると文章がうまくなるのか問題でした。ひとつ言えることはブログを書いているとブログが残ります。文章がうまくなるかどうかはよくわかりません。個人的にはあんまりならないんじゃないかなと思います。『日本語の作文技術』やネットに転がってるライティング講座を受講したほうが文章自体はうまくなりそうです。少なくともブログをかいているだけではあまりうまくなっている実感はありません。僕の場合は「ブログを書き続けると書いている時期だけ早く書けるようになる」です。僕の場合なので他の方は知りません。唯一確かなことは書いたことが残ることです。それだけが唯一言えることですがそれになんの意味があるのかはよくわかりません。将来死ぬ前にベッドで横たわっている時に暇なので読み返して懐かしんだり後悔したりするのかもしれませんがまあでも死んだ後に残ったからといってそれに何の意味があるのかもよくわかりません。お金が稼げるわけでもなく自らの恥部を後悔するような文章を垂れ流すことに意味を求めていたらこんなに長いこと書いていないので長年書いているブロガーにとってブログとはいつのまにか自己に取り憑いた宿痾みたいなものなのでしょう。で、それでいいのではないかと最近は思っています。