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メロンダウト

メロンについて考えるよ

はあちゅうが何者なのか全く見えてこない

はあちゅうもイケダハヤトもはてなを始めるまで知らなかった僕の雑感。

lineblog.me

 

誰が彼女の何を支持しているのか

・一般成人男性の場合

はあちゅうちゃんは僕みたいな一般的成人男性からするといったい誰に何を求められて支持されているのかまったくもって不明です。

男はもうだいたいはあちゅうちゃんには興味ないか嫌いのどちらかでしょう。普通の勤め人ははあちゅうちゃんの記事内でも書かれている通り貧乏人と蹴っ飛ばされて不快になる。そもそも年収400万が記事内で貧乏と書かれているのが驚愕である。

社会に意見を言う立場としてはこれ以上致命的な無知はないでしょう。世間知らずもいいところだが半径5メートルにしか興味がないようなので納得である。

半径5メートルの野望

 

・高収入男性の場合

いっぽうで高収入ハイクラスの起業家達とかなんかそのへんは「ただなんか意味ないことを喋っているだけ」のはあちゅうちゃんから学ぶことはあまりない。人格をトレースしてブログ記事を書くAIが開発されたとしたら最も容易にコピーできそうである彼女の言葉には中身がない。

 

・女性の場合

金持ち=目指すべき対象と見るような思考回路が直列乾電池系女子は憧れるでしょう。サロンやnoteのターゲットとなるのはこの層しかいない。だから普通の大人が読めば手抜きに見えるブログ記事も無知な彼女達には簡易な文章でやさしく書いてあるとむしろ感謝して憧れてしまう。そう考えれば高学歴高経歴のはあちゅうちゃんが浅薄な文章を書くのも納得がいく。

無知を買い叩くという意味では貧困ビジネスの亜種にも見えてくる。

いっぽうで普通に生活している女性は興味がないでしょう。

 

 

自己責任を叫ぶ人間の愚劣さ

はあちゅうちゃんは上記記事内で貧乏人は社会のせいにすると書いている。自己責任論者や新自由主義者が言う個人主義にはある一定の説得力も当然ある。

貧乏や不幸になるのはその人間の愚かしさの結果であるという因果関係はあながち間違ってないが社会は因果関係ではなく相関関係によって成り立っているということを忘却している。

よくよく考えてみればいい。生まれた時は誰も何者でもない。何者でもない赤ちゃんが成長して何者かになっていくのは誰かに何かを与えられたから、誰かに何かを教育されたから何者かになっていくのだ。

 

赤ちゃんは0:100で他者責任でありそれは大人になって自立しても100:0になるわけではない。80:20のように比率が変わるだけだ。

自己責任論者は全てを因果関係で片付けようとしてこのように相関という視点が欠落している。ようは他者のことなどどうでも良いからそういう思考になるのだ。

そんな人間が書く人生訓や経営するサロンから学ぶことなどひとつもないのは自明だ。

 

 

言語リテラシーの欠如

上記のように人は人に影響を与える。だから言葉のつむぎ方には注意しなければならない。

大学で論文を書こうと思った時に徹底的に資料などを調べたことがある人にはわかるだろうが調べれば調べるほど何も書けなくなるということがある。理系はそうでもないのだろうが人文系の学問は特にそういうものだ。

 

例えば簡単な例で経済学、資本主義のメリットについて書こうとする。そうすると反証として共産主義ケインズ主義、ファシズムがなぜ衰退したのかについて調べようとする。

調べていくと共産主義ファシズムが一時台頭していた原因は資本主義が行き詰ったからだということがわかる。

アメリカが資本主義により資本を増大させて供給過多になり株価が暴落したことで世界恐慌になった。アメリカやイギリスはその莫大な資本で乗り切ったがドイツやイタリアはその被害をもろにうけてヒットラーが誕生した。

そうして第二次世界大戦に繋がった。

資本主義と共産主義の歴史を調べ始めると資本主義が第二次世界大戦の引き金になったということを知る。

そうするともう戦争の引き金となった資本主義についてはどんなに馬鹿でかいメリットを発見したとしても戦争の代償を伴うものを支持してよいのかわからなくなる。結果として論文に何を書いていいのかわからなくなり逡巡する。

 

ありとあらゆることに関して同じようなことが言える。

安保などの政策に関してもそうだ。諸手を挙げて支持できるような政策はひとつも存在しないのと同様に真っ向から批判して良い政策も存在しない。

常に51%と49%の葛藤の中で官僚は考えている。

 

 

そう考えてはあちゅうちゃんのブログの文面を読んでみるが合コンの話からもわかるように起業家と低所得リーマンという二項対立でしか見ていないことから言語リテラシーが欠落しているのが見てとれる。

 

セルフマーケティングとしては非常に有能な方なのだろう。ブロガーとしても成功者なのは間違いない。しかし文筆家としては失格だ。

 

はあちゅうはは何者だ?

バリキャリ塚を築くことに執心している彼女を見ると彼女の本来のパーソナリティーが何なのかわからない。

社会性の枠にアイデンティティーをはめ込み一歩も動けないで自己顕示欲を発散することでしかもはや自我を保てなくなっているのかわからないが彼女が何者かまったく見えてこない。

 

ブロガーというのは金を稼ぐということで生業ではあるのだろうが職業としてはスペシャリティーがどこにあるのかわからない部分がある。

 

彼女からインターネットを取り上げることを想像してみるとよくわかる。はあちゅうちゃんはネットがなくなったら何者でもない。

 

そんなもんネットで見せるものでもないのかもしれないがあまりにも人間性が見えてこない。個人の性格が世間体に侵食されすぎている。

 

今回、この記事を書くにあたってはあちゅうちゃんのブログ

はあちゅう 公式ブログ Powered by LINE

をざっと読んでみたがどの記事も感情的咀嚼がほとんどなくもはやbotか何かに書かせても同じだろうと思った。

 

はあちゅうとはいったい何者なのだ?