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メロンダウト

メロンについて考えるよ

Real against the internet

どうも最近SEO関連の話題を目にすることが多い。虚偽情報は論外だけどインターネットにたいする姿勢としてどこまで倫理とかあるいは文章にたいする誇りみたいなものを持ち込むべきなのかとふと考えていた。

「コンテンツイズプア」という言葉が示す通りにブログやサイトにアクセスを集めようと思ったらキーワードを選定して平易な文章で長ったらしく書いたほうがいい。グーグルはコンテンツの質を評価してはいるがその記事がオリジナルであるかやどこまで興味深いことを書いているかで検索エンジンにランキングしているわけではない。

どこまで健全な形をなしたサイトがどれだけの構成でどれだけのキーワードを入れて長文を書いているかでインデックスされている。だから記事を推敲する意味はあまりない。検索されるために検索されやすい言葉で書くことでグーグルに評価されるので検索結果の1ページ目に突飛な記事が並ぶことはほとんどない。だから検索するとキュレーションメディアやアフィリエイトサイトばかり出てくる。

そして僕は個人の行動としてはアフィリエイトサイトのほうが正しいんじゃないかと思っている。

 

理由はインターネットの使い方として金をかき集めるのが多くの人間にとって最も直接的に現実の生活を豊かにする方法だから。Youtuberなどのようにインターネットができてから承認という側面からインターネットを使う人がでてきたがネットでの承認はどれだけかきあつめても身体性の軸を確保してくれるような承認にはなりにくい。1万人のフォロワーよりも1人の恋人であったり親友のほうがはるかに心を安定させてくれる。支持されていた芸能人がたったひとつの不倫で評価が一変してしまうのと同じように、ブログで承認を集めてもたった一つの失言で魚拓でも取られ人格を否定するような書き込みがなされる。

そんなものが人を幸福になどするわけがない。だから承認とか評価などいっさい無視してアフィサイトをつくったり炎上させて被リンクを稼いだりするほうがインターネットの使い方としてははるかに現実にたいしての力を持つことができるようになる。文章のみによって繋がるインターネットは表面的な繋がりしかなしえないので表面的な承認しか得ることができず現実に架橋する方法を取らなければネットは永遠に虚無なままではないだろうか?

 

増田を書いたりブクマしたりしている時にふとそんなことを思うことがある。アフィリエイトサイトを批判したりネット上で倫理を振りかざしたりすることは規範的には正しいと思う。しかしネット上に記事を投稿することとネット上でその記事を批判することは実存的に見れば同じ行為でしかないように感じる瞬間が現実のシーンとしてある。

いまでは電車内で8割の人がスマートフォンを使っている。みながみな恋人にメールを送っているのか2ちゃんねるに書き込んでいるのかTwitterを見ているのかLINEをやっているのかあるいはソシャゲでもやっているのかはてブで遊んでいるのか・・・とにかくスマホを使い何かやっている。これらの行為はおそらく全て違う行いとして認識されていて2ちゃんねるに書き込むよりも恋人にメールを送るほうがあるいは高尚な行いとして認識されやすい。しかし電車内の光景として俯瞰した場合に僕が感じたことはスマホを使い何をしているに関わらず全員同じことをしているようにしか見えなかったということだった。

思考や目的としての差異はあれど現実のシーンとしてとらえた場合にスマホは人間の個性を創造しうるものには永久にならないのだろう。ディスプレイに写される画像や文章には無限の多様性が存在するように見える。ブログなんかもそうだ。みんな違うことを考えていてたいへん楽しい。多様な思考様々である。けれどキーボードを叩く行為自体はみな同じことをしている。

透析患者は死ねと書くこともそれを批判することも実存的に見れば行為として全く同じことをしているに過ぎないんだろうなと思う瞬間がある。あるいはアフィリエイトサイトをつくったりそれを批判することも、また文学的に過ぎる重厚なブログを書こうが平易な言葉を書こうがどちらも変わりないんじゃないかと思ったりと。

インターネットはツールである。おそらく永久にそうなんだろう。文章や個人に色を与えるのは皆々様のそれぞれの生活のほうでありそうして出てきた人の思考だったり経験が面白い。しかしそんなコンテンツはある特殊な環境のある特殊な人間に許されただけの行いである。みながみな芸能人やアイドルになれるわけではない。まったく普通の何の特異性も持たない人間はコンテンツで勝負するべきではない。 

 

平易なアフィリエイトサイトをつくり誤クリックをしやすい位置に広告を貼り少々のお小遣いを得る。そのお金ですこし美味しいものでも食べる。

そんな現実の動物的欲望に回帰する方法をとることこそが普通の人間にとってのインターネットの正しい使い方だと僕は思う。

 

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