イギリスのEU離脱が決定したようだ。アメリカのトランプと共に世界がどんどん混沌としていっている。
今回のEU離脱は労働者階級の激情に触れたことがきっかけらしい。それが良い結果をもたらすのか逆に破滅に向かうのかそれは日本に住んでいる限りは自分なんかにはわからないことだ。しかし今回も(民主党に政権が変わった時もそうだったが)色々なニュースを見ていると大衆の愚かさや即興的な変化に飛びついたなど人類を馬鹿扱いする言論が多数見受けられる。
前世紀に出版されたオルテガの大衆の反逆という本が最も有名だ。反知性主義の原典と言ってもいいかもしれない。
- 作者: オルテガ,Jos´e Ortega y Gasset,寺田和夫
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2002/02
- メディア: 新書
- 購入: 3人 クリック: 54回
- この商品を含むブログ (40件) を見る
オルテガは本書で人間を少数者と大衆に分けて考えている。それは今回のイギリスの件で見られたホワイトカラーとブルーカラーの隔絶という経済的な問題ではなく精神的な枠組みとして。
大衆は少数者の努力によって作られた社会インフラを当然のことと考え享受しあまつさえ自らが高度に発達した現代社会の担い手であるとすら勘違いする。基本的人権の暴走とも言えるかもしれない。殊勝さを忘れ激情を当然のこととして振りかざす。今回のイギリスの離脱で彼らがそうしたように。
オルテガと今回のイギリスの件をそのまま写しこんでしまうのはニュアンスが異なる。しかしこの大衆は愚かであるという言論に関しては当たっていることはおそらく間違いない。
そして僕はおそらくオルテガの言う大衆にあたるのだがちょっと待てよと言いたい。そもそもそんな高度な政治リテラシーを持ちながら全員が生きていくこと自体が不可能なのではないのか?
政治とか経済、社会問題というのはそうとうにピーキーな問題が山ほどあって個別の問題に関してもどちらを支持するのか本気で考え始めたらものすごい時間がかかる。ましてやそうした高度なリテラシーを全事象について考え始めたら学者かニートになるしか方法はない。
生きていれば働いてお金を稼がなければいけないしペットに餌をあげなきゃいけない。飯つくって洗濯物して電気代やガス代、通信料にはてにはNHKの受信料まで払わなければいけない。そんな日常を多くの人が抱えているのに「政治について考えなさい」などとテレビのコメンテーターから有識者まで言う。
そうして「わかった、考えるよ」と多くの人は答えるがたいていがテレビタックルとかワイドショーの御用学者の意見などを参考に扇動されてオルテガのいう「最悪の民主主義」を実現することになる。もしくはケインズの美人投票か。
そもそもがそんなバッチリこっちだなんて言える問題は政治に関してはかなり少ないはずで大衆に判断がつくはずがないんですよ。自分は政治経済学部に在籍してたのですがある問題やイデオロギーに対立する論説なんか必ずあるわけで、それも政治や経済に関してそれこそ人生を賭して書かれたものがまた別の政治廃人に否定されていたりするわけで一般人が答えを出せなんて到底無理な話でしかない。これは何も政治を諦めろなどという悲観的な話ではない。現実的に、まともに生きていたらただ自然とそうなるという現象の話だ。政治や経済は金にならない。大学の臨時教員などそれだけで食べている人もかなり少ないしポスドク問題などもそうだ。
だから大衆が愚かだという答えは間違っていないが、大衆が愚かであるというのは日常と政治のトレードオフであって普通の人間は日常を犠牲にしてまで政治や経済の問題を考えるのは無理だ。
そして今回のイギリスのEU離脱は大衆の反逆ではなく日常がたちゆかなくなった人間の反逆だ。それはオルテガのいう自助努力もしない怠惰な野蛮人なのだろう。しかし日常での自助努力がもはや機能しないほどの絶望があるのだとしたらその反逆にはむしろこれでもかというほどの正当性がある。
日本も6人に1人が貧困、貯金0が31%と数字だけ見ればいつその激情に触れたっておかしくない。
政治が日常に肉迫した時に、そのときこそ大衆の反逆が起きることをイギリスは証明したのだ。