メロンダウト

メロンについて考えるよ

進撃の巨人のラストはコードギアスのラストをなぞるのか問題

たまには雑記程度に漫画感想でもと思い・・・

進撃の巨人126話面白かった。ネタバレ含みますので注意です。

 

 

126話で今まで敵対してたり離散してたみんなが集まってきて世界を救うために動き出す展開になった。みんなが集まるのはすごい盛り上がります。ゲームオブスローンズでスターク家やラニスター家がウィンターフェルに集結した時もあつかった。

世界を救うってセリフはエレンが地ならしを発動したからそれを阻止するために動く意味だと読めるけれど、そうなるとエレンが悪役になってしまう。

主人公が悪役になる展開て何かあったぞと考えていたけどコードギアスのエンディングがそういう感じでしたね。

敵味方すべての憎しみを自分に集めて自分がいなくなれば世界は平和になると考えてスザクに自分を殺させる衝撃のラストだったけど、進撃の巨人もそういう展開になるのだろうか。現状、マーレ勢力もエルディア人もみんな集まって世界を救う=エレンを止める展開になっているけれどそうなるとエレンがいたたまれなくなってしまう。

エレンが本気で世界を滅ぼそうとしてるのかはわからないけれどエレンが座標を通じてミカサ達に語りかけたのは自分を止めてほしいという意味ととることもできる。エレンはエルディア人以外の人類を踏み潰すだけが目的ならみんなに話しかける必要はなかったはずなんですよね。踏み潰して島のみんなが生き残ればそれで目的は達成できたはずですし。そうしなかったのはやっぱりコニー達が今そうしているように自分(エレン)を止めるという目的により世界がひとつになることを望んでいたからなのかもしれない。世界を滅ぼすと言ったのは嘘で世界をひとつにしたいというほうがエレンのキャラクターと一致してます。

 

いわゆる偽悪的な展開ですけどこういう主人公が犠牲になることで調和をとるのは読者冥利に尽きるものがある。自分が悪を演じることで自分以外のみんなが仲良くなれるなら自分がどう思われてもかまわないってのはものすごく惹かれるところがあります。

作品内で描かれているキャラクターの心情がすれちがうと見ているこちら側に葛藤が生まれなんでそこでわかってあげないのみたいな感情が生まれるんですよね。コードギアスもそうでした。ルルーシュが独裁者としてふるまったのはいったい誰のためか、黒の騎士団と戦ったのは誰のためか。すべてが自分を悪役に仕立てるためだった。自分が悪役になって世界が平和になりナナリーにとって優しい世界をつくるためだった。

 

エレンもそう考えているのかもしれない。

「ミカサやアルミン、みんなを救いたいなら」というエレンクルーガーのセリフが(救いたいなら自分が犠牲になっても)という意味でエレンイェーガーの現在にかかっているとしたら諌山先生はどこまでプロットを練っているのか脱帽物ですけどなんにせよこの先が楽しみです。