メロンダウト

メロンについて考えるよ

ホモ・ネーモ『労働なき世界』読みました

noteで活動されているホモ・ネーモさんの本『労働なき世界』読みました。

 

 

Q:そうは言っても、余暇を取ると仕事に支障が出るのですがどうすればいいですか?

余暇とは支配されないことである。我々はヨカ神にのみ支配される。つまり、余暇を取ることはヨカ神による命令である。すべては赦されるが、労働だけが罪である。

Q:怪しい思想のように見えるのですが?

嘘に染まった人々は真実を疑う。彼が話す言葉が信じられないなら、それは真実であると心得よ。

労働なき世界74ページより

 

江草さんが紹介されているのを見て読んでみたのですが妙な「ノリ」で自由に書かれていて大変面白かった。内容としては労働の悪性を説きながらヨカ(余暇)教へ入信するよう啓蒙する本だったのだが、内容よりも印象に残ったのが文体やテンションであった。なんだかわからないがとにかくすごい熱を感じた。

この手の本は硬い文章で書かれたものが多いけれど本書は妙にハイテンションな文体によって書かれており終始ニヤニヤしながら読んだ。見つけただけで誤字脱字が5か所ぐらいあったけどそういう細かいことはどうでもいいんだよと言わんがばかりの文章である。

社会的なことを書く時には真面目さに縛られるということがあるけれどあえて不真面目に書かれたであろう本書を読むと「社会的なことに相対した時に真面目に構えてしまう状態を解毒する作用」があるように感じた。厳密に言えばいろいろつっこみどころがありそうな本ではあるものの、そういう仔細を吹っ飛ばす勢いがある。すごい。こういうテンションで文章を書きたいものである。

 

なので内容について真面目に言及するのは躊躇われるので以上この記事は終わり・・・というわけにもいかないので内容についてもすこし言及したい。言及というよりも読後感といったほうが良いかもしれない。

ゆえん労働の悪性というと『ブルシット・ジョブ』が有名で、『労働なき世界』でも言及されていたのだけど、社会にはクソどうでもいい仕事がたくさんあるのは確かで、たとえばマーケターやコンサルタントにトレーダーのように富を生むのではなく移転させることに注力する仕事は数多くある。これらの仕事がクソどうでもいい仕事なのかということはさておき、このような仕事の比重が上がりすぎているのが問題なのではないかというのが個人的な見立てである。

日本の専業農家はいまや人口の3%ほどしかいなく、食料廃棄率も40%にまで達しており、いわゆる一次産業を維持するコストは限りなく低くなっている。捨てるほど食料はあるのが現状だ。もちろん食料自給率やエネルギーの自給率という観点から見れば日本が自給自足できる国とは言えないものの、産業別の労働者割合を見ても食べるために割く労働力というのは限りなく低くなっているし、実際に農作業もトラクターを使い行われることがほとんどで現に農業従事者の多くが高齢者であるにもかかわらず社会は回っている。

その他の労働というのはたとえば農協が価格を平準化させ、物流業者が運び、卸売業者が卸し、小売りが売るというものであるが、ここまではまだ良いもののそれ以上の労働が必要なのというと確かに必要ないのかもしれない。『労働なき世界』では経理すら不要というラディカルなことが書かれていたけれど、そこまでいかなくともなんのためになっているのか不明な仕事というのは直感的にあると思うのは確かだ。タイムリーなところで言えばイーロン・マスクツイッターの名称を「X」にすると言ったことが話題だがそんなことはクソどうでもいいことではある。もしくはツイッター含めSNSが消えたり、あるいはインターネットがなくなったとしても人はまた瓦版を回し始めるし地域の伝言板に待ち合わせ場所を書き込むようになるだけであるため、どうでもいいと言えばどうでもいいことであろう。あるいは日経平均が暴落したり円安が加速して経済が疲弊しようとも、瞬間的には貧困が蔓延するものの、災害ユートピアと呼ばれるような事態が起きて人々が助け合うようになるかもしれず、結果的にはポジティブに働くかもしれない。話が大きくなりすぎたけれど、ミクロで見た時にも「必要ない労働」をしていると感じる人が大勢いるのは事実で、そういうものを取捨選択し労働時間を削減していく方向に向かうべきであるのは間違いないように思う。ワークライフバランスという中途半端な物言いではなくワークをシュリンクさせライフを充実させるべきなのは、これだけ食料が廃棄される現状を見ても妥当な考えではあるように思う。

 

無論、「必要ない仕事」がキャッシュフローを支えそれ自体が国力として機能しているという批判はあるだろうけれど、経済が人口動態に依存することは周知の通りであるため、必要ない仕事の総量が大きくなりキャッシュフローが富の偏在を生じさせると少子化になる点で「過剰になった必要ない仕事」は必要ないどころか悪であるとさえ言えそうではある。

したがって『労働なき世界』で書かれていたヨカ(余暇)神を崇めよ・・・というわけでもないのだけど働いている感覚的に言っても週3日労働ぐらいにしても別に経済は回るんじゃねーか、ぐらいには思うことがある。

ホモ・ネーモさんのように労働が悪、とまでは断言できないものの労働は「くだらない」ぐらいに思うのがちょうど良いのかもしれない。そう思わせてくれる本だった。

ヨカ教に入信するかどうかは・・・あの、えっと・・・考えておきます