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震災を契機に移住は難しいのでは

震災復興に関して復興ではなく移住を、と米山さんが書いていた

 

 

 

togetter.com

 

おそらく移住は難しいのではないかと思う。

人口動態から見てインフラの維持が困難になるのは様々なところで指摘されていて、いずれ移住の議論をしなければならなくなるのは間違いないけれど、震災がその契機となるかと言えばかなり難しいのではないだろうか。

 

というのも、あまりスポットがあてられることのない話だが震災には経済効果がある。発災直後から被災地には義援金が集まり、全国各地で応援しようという機運が高まる。今回も義援金が募られ集まっている。

東日本大震災の時もそうだった。義援金と寄付金あわせて5000億円、国の生活再建支援金や現在も続いている原発事故の賠償金などを合わせると1兆円は下らない。家屋の倒壊による内需の拡大、復興支援で被災地の産品が消費されるようになること、個人が加入している保険金の受取等の経済効果も合わせれば被災前よりも「結果として」経済は回るようになる。(当時、支援金と賠償金だけで他県で家が建ったという話も聞いたことがある)

朝日新聞デジタル:被災3県8地銀、預金残高23%増 保険金や義援金で - 東日本大震災

メディアで報じられない「金と欲」に翻弄された東日本大震災被災地の現実|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

もちろん忘れてはならないのが、経済が回るからと言って震災で起きたことが帳消しになることはなく、被災者がもとの生活を取り戻すことは過酷であるということだ。経済が回るからと言ってすなわち良いことだとは言えない。震災は起こらないに越したことはない。ただ、事業として見た場合、復興には甚大な経済効果がある。

 

そう考えた時(震災を経済的に見た時)、震災を契機に移住することは困難であるように見える。

というのも通常の予算編成では不可能だった道路や橋梁などのインフラ整備、古くなった家屋の建て替えが震災で集まった義援金で可能になるためだ。言い換えれば人口減少によっていずれ限界がきたであろう地域も震災を契機に回復することができる。逆説的ではあるが、震災という悲劇に見舞われたからこそ老朽化したインフラの治療を受けることができるようになる。

 

予算を絞り限界化した集落の方には移住をすすめるべきだという米山さんの主張は長期的にはそうなのだが、短期で見れば震災はインフラ回復のここぞとばかりのチャンスになっている。東日本大震災の時のように義援金が集まれば住民の意向に沿う形で「いずれ終焉がくる地域」にも充当するようになる。

予算があるにも関わらず行政が「支援するお金はありますがあなたが住んでいる村はいずれ限界がくるので見捨てます」と言うとは正直思えない。

どの程度の義援金が集まり支援が行われるのかは今のところわからないが、東日本大震災の時のことを考えるに、復興予算が足りないという事態にはならないように思う。問題はどこまでを復興と捉えるかであるが、限界集落を復興の内に入れないという決断は、おそらく不可能であり、予算が捻出できる限り限界集落を見捨てることは難しいのではないだろうか。

 

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